通勤電車で繰り返しマリ=ジョゼ・モンザン「われわれ人間を誕生させるイメージ」を読んでいて、ディアファネースについての「「可視的なものそれ自体がもつ不可視で名前のない条件」」「「ところで、それ自身によって存在するものは言葉の仕業によってそうなるのではなく、即自的に可視性の原因を含んでいるからである。」」「イメージから立ち上がる声が与えようとするものを待つ、匿名の《ロゴス》の沈黙」…といったあたりを頭に馴染ませていると、ふとベンヤミンの「言語一般・・・」を思い出して本棚からぼろぼろのちくま文庫を取り出して持ち出した。電車で、つっ立って、隅々まで頭蓋が透明になりそうな強度ではじけ飛びそうになりながら読み始めている。泣きそうになる。叫びそうになる。