「手作りのアジール」という本を読んだ。 山が障害なら 障害は社会が規定するものだから わたしの中の社会が規定する。 そうしてわたしの中に山を持てばいい。 だれにでも あなたにも山があってそうした 山と山とが出会う。

埋めちゃだめだ 焼いちゃだめだ 干からびさせても だめだそれをけして いけにえにしてはならない

ササラ太郎 「自然居士は実在の人物で、永年2年(1294)3月、比叡山の大衆の詮議により京都を追放された、ササラ太郎とも呼ばれた半僧半俗の禅宗系の異端の徒であった。その布教活動は、芸能的要素を濃厚に持っていたらしい。彼自らは放下の禅師と号したよ…

剪定されたビワの枝が 幾枚かの大きな葉をだらりと垂らして 金網に引っかかってへばりついていた。 昨日の雨に濡れてふやけてぼやぼやになったあととみえ 今朝からの陽にあたり乾いてふかふかにみえた。 大きななにかの脱力したなにかが モップのようなうさ…

身体という限界 というか私という限界 限界は防衛されていて そのことによってかろうじてあった 砂のようなまばらな痕跡がわたしたちを靄のように 囲繞して守って繭のように その中でようやく意識が目を覚ます そこに見つけるため 新たにいつも見つけるため…

光あれ などと言ってひろがる これはまだ空間ではなくて そこに現れる煙、靄、色の塊 音、意識、物、なんでもいいやすべて抵抗 抵抗は痕跡 なぜか抵抗がある それは光に飲み込まれないように守るため 消えてしまわないように それははじまりでも終わりでもな…

ピノキオとゴーレム

完成が焦燥の結果なのだとしたら 時間へ放逸された我々こそ焦燥の結果だと思う。 それは形象化への情熱の結果でもある。 神に意識があるとすればそれはすべてで その無意識があるとすれば同じくそのすべてでもあるだろう。 神に情熱はあるのかな。

わたしたちは潜在的に戦争状態にいるのであれば わたしたちひとりひとりがパルチザンになる どこの国の兵隊でもなく わたしによるわたしのための兵士 経済が兵器になる 情報が兵器になる 民主主義が兵器になる 地形が兵器になる パンが兵器になる やさしさが…

完成されたものはなく できあがっていないもの 未だ作り始められていないものこそ尊い 10年後の誰かが作ろうとするもの 100年後の、1000年後のだれかが思うもの いや、もっと、最もなにも始まっていない この世で最もなんでもないものこそが尊い

お酒を飲まなくなってからほぼひと月 ビスケットを賭け金のコインのように積んでコーヒーを飲んでいる 頭のルーレットを回そう ぐるぐるー

ほぼミーム

堤防の遊歩道から 海辺を見下ろして歩いていた 爽やかな昼前どき 永遠に続きそうに長い 広い浜辺に遠く 一群の家族が現れてみるみる 小さなテントが立てられて 子どもたちは吸いこまれていった しばらく歩くとちょうどテントのあたりにさしかかって テントの…

焦点の合わない朧な光景 薄暗い闇夜 目前を過ぎる車窓の風景 眩しすぎる光 シャッフル まなざしはいつも不足していて もしくは過剰で溢れかえっていて ばらばらに拡散してままらならい だれもいない そのまなざしにはだれもいない まなざしの底にあるものを …

絵画はそれを見るとき 見たときよりも 見終えたとき そうして目を逸らすときに成り立つ。 ちょうど夢が覚めたときに夢となるように。 分析的キュビズムと名付けられている一群の絵画は だから分析的だとかキュビズムだとかではなくて 正確には絵画でさえない…

もぐらたたき的に 生きるしかない ワニワニパニック的に 上手く言えないけれど プログラムの具合で 間の開くときがある ひとときもぐらやワニが出てこなくなるときがある 鎖に繋がれたハンマーを握りしめ 前のめりにつんのめりそうになりながら 永遠に固まり…

環世界は主体を前提としている アフォーダンスは事後 変形があってはじめて行為は 領域は広がる 身体は 身体は事後 限界がないわけではないけれど 身体は前提できない 前提できない (なぜ泥人形や粘土のようにしてこの身体と別のフォルムでなかったのか) …

ブリコラージュの反対は、 無垢な自然を資源として木材やガソリンや飲料水とすることだろう。 けれど、わたしたち身体という自然のことなど考えると、 この場合の無垢な自然など存在せず、よってブリコラージュも存在しない。 すべてはいつまでも無垢であり…

窓外の晴天 春光が豊満 室内はその恩恵にあずかる豊かな影の展開 水のように限りなく手元においてままならない 流れ落ちてしまう光の いや 窓外の豊かさは 室内の影の持つ 豊かさの恩恵ではないと 誰が言えるだろうか

外は晴天 光り眩い スリッパのかかとの繊維が荒れている 全て死の痕跡 光りが映すものすべて

外は晴天 窓から薫風が香る 葉桜が点々とした 窓外の通りにバスが走る音がする 今ショパンのしょっぱいバラードが 気を持たせつつ展開する やれやれ(激情)桜餅

ノートpcが机の端とわずかに 平行に置かれていない だからわたしも傾くようで 2020年春に書かれた記事を検索しては sakeを飲む spotifyでショパンのスケルツォ 激情の幕間の螺旋の滞留に狂わされ 椅子から転げ落ちそう コオロギ 叩き起こすような垂直な旋律…

起きて空きっ腹に白檀を焚く 酒を飲む ビール ジンのソーダ割 sake sakeが白檀に合う 腐った吐息が肉の匂いがする

眠りの中で反復していた。 カーボン複写みたく 久米正雄クリームソース久米正雄クリームソース・・・ マンガのコマ割りの端に桜の花びらが舞ってボールペンの筆跡がくるくると跡を追う ガニングで見たノワールの筆跡

いつだったかの世田谷美術館の試みのように 全世界の美術館組合(そのようなものがあれば)で企画し、 一定期間、すべての空っぽの展示スペースを無料開放する。 ただし、展示スペースとしてでなく、ただの空間(そのようなものがあれば)として。 ゴダール…

アーケードレースゲームというらしい。 検索して調べたら。 (ゲーセンに車突っ込むという記事もあった。) ペーパードライバーだから、ゲーセンで練習しよう。 車庫入れとか。 アーケードレースゲームのシートで死のう。 死後硬直でアクセル全開トップスピ…

「他者と生きる リスク・病・死をめぐる人類学」磯野 真穂 快哉の雄たけびを上げながら通勤電車で読んでいる。 残業(たいしたことしていないけれど)が続き、朦朧としながら。 nirvana「bleach」をイヤホンから垂れ流しながら。 ストラザーンのところがとて…

ようやく20世紀は終わった とうとう21世紀になった 完璧なチャンスオペレーション J・ボイス モンティパイソン(ダウンタウン(暴力温泉芸者)) バレエ・リュス カポエイラ ブードゥー ゴダール BCC BBC ドラゴン☆ボール 初期映画 カポエイラ MTV ゴレンジ…

酔って気がついたらNHK放送史を延々見ている。 共感し過ぎるのだろうか、時を越えて、涙しながら過ごす。 虚実関係なく。 戦後の路地裏でのラジオインタビューとか、光州事件とか、9.11とか 古い連ドラとか、BS放送開始時の放送とか、 1956の「達磨寺の星ま…