busoniのリストとana-gのばからばかり聴いてる 『狂気な倫理』小西真理子/河原梓水編 8章「ひきこもりから無縁の倫理、あるいは野生の倫理へ」小田切建太郎 を読んだ。 『フライデー・ブラック』ナナ・クワメ・アジェイ=ブレニヤー 冒頭の引用 「Anithing y…

そうめんがいっぽん ざるからすりぬけていった

『布団の中から蜂起せよ』高島 鈴 p108-109 「われらは〈未知なる人々〉に連なるべきである、と言ってしまいたくなる。だがここはむしろ、都市が〈未知なる人々〉を受け入れる形に変わるべきである、と言わねばなるまい。問題は常に構造の側にあり、個人は構…

外は雨。妻が 彼女の晩酌のウィスキーの小瓶を 迂闊にも卓上にしまい忘れていたのを手のひらの 窪みに垂らして舐めた。 雨は天に遡り帰りゆく。

「布団の中から蜂起せよ」高島 鈴 購入して読み始めた。 まず初めに言いたいことは、暴力への希求についてはわたしのほうが誰よりも強いということ。 張り合うわけではないけれど、そのように言いたくなる感覚を呼び覚まされた。 そのようにして言葉が滑り出…

偶発性生成器は機会原因のゴーレム 眼差しの環世界と手品の種明かし ジンプリチシスム 会議後に片付けに残って、プロジェクターはつけっぱなしになっていて スクリーンに残った文字やイメージの痕跡。波打ち際にうちあげられた うち捨てられた光、近づくとド…

外で声がして、「あ、月蝕だった。」と思った。 残っていた同僚と外に出た。 月はすでに茶褐(カラメル)色の影に覆われていた。 しばらく見上げていたけれど、影はなんだか曖昧で震えるようでいて動かない。 同僚は写真を何枚か撮って職場に戻った。 別の方…

「かりそめの内面性を生きる」とは、音楽を聴くことと似ている(かも)。 プレイリストをループにすることをおすすめします。 1.Travessia/Milton Nsscimento 2.Departures/Closer Musik 3.Toc-instrumental/Tom Ze 4.Love in Outer Space-Vocal/Sun Ra 5.In…

『野生の思考』ようやく終章の「歴史と弁証法」をゆっくり読んでいる。 トーテムの説明が終わったので、もういいかな、と思ったけれど、やっぱり読んでる。 「この全体化作用をもつ自我の連続性なるものについては、・・・私はそれを社会生活の要請によって…

何かが見えるとき、その目前の対象は不透明。 そこに差異が発生している。自然との矛盾。他者がいる。 翻って自己をまなざすとき、作者の感じる透明は、 他者としての自己から見る透明だ。 本来不透明であるはずなのに。 自己としてそこに感じ取れるはずなの…

環世界は主体を前提にしている。政治的ロマン主義読んでると、国家とか宗教とかにも環世界があるみたい。環世界としての革命や反革命。 (テクノロジーはわたしたちの身体の延長でいつも外延はあやふや。爪切りから始まり、衣服やメガネ、医療や都市、WWW…

お気に入りのツイッターアカウントを見ていた妻が突然立ち上がり、 もしこの部屋にロバがいたら・・・と話はじめた。 買ったばかりの柿やテーブルの蜜柑はすべて食べられる。 ひょろひょろだけれど、唯一の植物であるアジアンバンブーもすべて食べられる。 …

身につまされる。「政治的ロマン主義」 執拗にしっぽを追う。追われる。逃げきれない。 首筋に追手の生暖かい吐息を感じるようだ。 その執念の一点で、ロマン主義から免れ得ていると思いたいのだろうか。 シュミットさんよ、あなたも同類なのではないかい?…

土曜の朝遅く、つまり昼前、朝刊を買いに行くという名目を持ちながら、目当ての新聞と缶ビールを買って、コンビニの裏で缶ビールを飲む。片手が塞がっているので勢いもう片手に掴んだ朝刊の1面を眺めながら。トップは第2次補正予算。脇にtwitter買収のニュー…

朝焼けという字を見るとなんだかお腹がすいてくる。 鯛焼きとか石焼いもとかいうものの印象に引っ張られているのだろうか。 卵焼きを忘れていた。回転焼き、人形焼きというものもある。 お好み焼き、タコ焼き、焼きそば・・・お焼きもある。 「卵焼け」「焼…

完全な偶然というものがあり得るのなら、それは機会原因のさらに外側にある。 完全な偶然というものがあり得るとして、それはわたしの手のひらにおさまるだろうか。 それともすりぬけるだろうか。とかげや蝶のように。 完全な偶然というものがあり得るとして…

すでに暴力的な簒奪者として身勝手に考えを進めている。 〈沈黙〉の自伝的民族誌は終章の前で閉じてしまった。 作者がある特定の分野の学問を選択しそれを遂行すること。表現が学術論文という体裁をとることで、作者は媒体である自身を固定する。方法を固定…

勝手な(斜め)読みだけれど、シュミットの「政治的ロマン主義」第2版への序文では、機会原因論が主体性を求めて彷徨うさまが描かれている。本文では、「Ⅱロマン主義精神の構造」の冒頭で、「・・・哲学的思考は自己中心的となって中心を自己のうちに求めた…

いつか、「かなしみ」と書こうかと思っていたけれど、これは「怒り」か。 とても冷静な怒り。アノマリーとして引き受けた個人を越えた「怒り」。これは紋章のようなものでもあって、ただ、野生の思考の中では浮かび上がらない。近代という空間の中に位置づけ…

自然化されている身体は、近代的な自我の場所はない。自我の外延を必要としない。隣接しあうものどうし、そこでトーテムを展開する。トーテムの差異は必須。 なんとなく、超越論的統覚なきカント主義ということがわかるような気がしたのは、REPREというサイ…

リテラルな(実の)透明性とフェノメラルな(虚の)透明性という話題が、1995年のモダニズムのハードコア冒頭の対談で展開されていて、予備校生だった私はいきなりわけがわからずきつねにつままれてしまった。 たしか、後の椹木野依さんの「日本・現代・美術…

「〈沈黙〉の自伝的民族誌」石原真衣 読み始めた。 p25「生のミュージアム化」。このミュージアムは美術館も含むだろう。キュレーションはこのミュージアム化に抗さなければならない。 「政治的ロマン主義」カール・シュミット 読み始めた。 図書館の新刊コ…

抗すべきなのは、忘却や植民地化だけではなくて、透明化とでもいうべき状態への感覚のなさなのかもしれない。 わたしたちはわたしたちを消費者として透明化しようとする。 モダニズムの引き継いだロマン主義の極北はここにあるのかもしれない。 自らはしごを…

湖の裏側は車道を渡す橋のかかる河口へと収縮していて、傍らの広場はバス停になっている。観光バスなども何台か駐車できるような広い広場で、視野を遮る丘から伸びる塀に挟まれた大きな山門が構えている。 そこは山門の外にあたるから裏側と書いた。 帰りに…

むすんでひらいて てをうってむすんで かたちをむすんではとく あやとりするみたいに記号はきらめく (「きらめく拍手の音」イギル・ボラ) (手話を、きらめく記号としてまなざす権利がわたしにあるだろうか。もちろん手話は当事者にとっては真摯な生活の手…

バンド名の検討 候補1 FOG MUG FOGY MUG のほうがよいのかな

公園の外れの、少し丘になったところの木陰の 凸凹した石のベンチ、いや、転がした岩ころに座った。 朝遅くに、コンビニで新聞とビールを買って。 天蓋大きく枝を広げる樹木には名札が巻いてあって「エノキ」とある。 ニレ科。 小振りな無数なす葉につぶつぶ…

朝、遠く前方からせわしなくこちらに向かってきていたパグ犬が突然 立ち止まってなにやら地面のものをぺろぺろ舐めようとしていたところを 気づかれて綱を引かれて怒られていた。 すれ違いがてら地面のものを見るとまさに蚯蚓腫れのようにぷっくりと膨らんだ…

妖怪は身体の延長 想像力はインタラクティブなメディアそのもの メディアの身体としての説話、神話 わたしたちはそのようなすがたをしている ゲシュタルトして かたちすがたをしている そのようにして表象はそれを現すし、隠す。両方をする。 それを宙づりに…